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Toulose(トゥールーズ)へ、フランス「ぶらりローカル線の旅」その4 

ボルドー滞在中、祝日に再び「ローカル線の旅」に行きました。

過去の「ローカル線の旅」日記:
  その1「サルラ」
  その2「カオール」
  その3「ルルド」 (ルルド日記:123

今回はボルドーからは便利なトゥールーズです。


例によってボルドー・セントジョーン駅を出発。トゥールーズは近いので、10時過ぎの電車でした。トゥールーズはボルドーに近いターミナル駅なので、電車の本数はフランスにしては多いほうです。ボルドーからTGVで北に行くとパリ、南はバイヨンヌ、西はトゥールーズというかたちです。トゥールーズからはさらに西にはマルセイユ、ニース、リヨン、北にはパリです。


ボルドーからだと、電車はガロンヌ川(La Garonne)に沿って進みます。トゥールーズはガロンヌ川沿いにあるフランス4番目の大都市で、ガロンヌ川が大西洋にそそぐことや、地中海へ抜ける経路にあたることから、古代から中世にかけて軍事的拠点として、また商業で栄えました。中世ではブリテン島(イギリスのこと)から地中海方面に錫を運ぶルートの中継地だったそうです。


ガロンヌ川沿いの田園風景の中を電車は走るわけですが、途中、原子力発電所がありました。

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のどかな田園風景の中に現れるのは、なんとも複雑な感覚です。


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これはミディ運河(Canal du Midi、Canal des Deux Mers、le Midi)。

向こう側には蛇行するガロンヌ川が見えます。水面の高さが違うのが面白い。

途中どうみても、川の上を立体交差で運河が走っているように見えるところがあったのだけど、良い写真がとれませんでした。

ミディ運河は、ガロンヌ川と地中海をつなぐ全長240kmの運河で、17世紀に作られたものです。ガロンヌ川はドルドーニュ川と合流してジロンド川となり、大西洋に注ぎますから、この運河には大西洋から地中海に抜ける水路という重要な意味があります。それがなければイベリア半島をぐるっと周り、ジブラルタルを抜けなければならないわけですから、その重要性が想像できます。当時の技術ではイベリア半島をまわるのに1ヶ月まるまるかかったそうです。航海日数の節約もさることながら、17世紀にはスペインは敵国でもあり、また海賊もでたでしょうから、大変危険な航海であったと考えられます。

canal du midi

Wikipediaによれば、このような運河を作ろうという考えは1516年からあったようですが、十分な水を高い地点の水路にどのように供給するかが問題となり、その後、150年間実現しませんでした。1662年、Pierre-Paul Riquetというラングドック地方の裕福な徴税人がこの問題を解決したと信じ、ルイ14世の大蔵大臣コルベールを説得して、1667年に建設が開始され、1681年に完成したそうです。Riquetの考えた方法とは、要するにもっと高い位置にある近くの川から水を引くということだったと思います。

この当時は画期的だった運河も、現在では殆ど観光用のボートが使うだけらしいですが、1996年ユネスコの世界遺産として登録されたそうです。

現代ではミディ運河のかわりに、ボルドー~トゥールーズ~ナルボンヌと鉄道が走っており、またおそらく自動車による輸送はそれ以上になっていると推察されます。


トゥールーズの駅(Gare de Toulose Matabiau)に着いたのは、大体1時過ぎぐらいでした。

前にカオールにトゥールーズ経由で行ったときに乗り継ぎの機会に撮った写真ですが、こんなかんじの駅です…
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駅から適当に歩いていると、いい感じの建物がありました。

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1912 Telegramme と書いてあります。

この建物の歴史については、調べたのだけどよくわかりませんでした。
写真はネットでも見つかったけど。


とりあえずガロンヌ川に出ようと思って歩いていると、見事な教会が…。

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これは Cathedralle Saint-Etienne(聖エティエンヌ大聖堂)、もしくはトゥールーズ大聖堂。

20080324_03_Toulouse15

中に入ってみるとかなり見ごたえがあり、かなりの時間見ましたので、この大聖堂については、また次回の日記にしようと思います。


旧市街のあたりを歩いていると、面白い建物がありました。

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これも何の建物かよくわからないのですが、中庭に向かってバルコニーや、ガラス張りのところがあったりして、なかなか良いかんじです。


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これはガロンヌ川の近くにある、Hotel d'Assezat(アセザ館)といわれる観光名所のひとつ。

16世紀にパステル(染料)の交易で富を得た豪商の館だそうです(「地球の歩き方」)。
現在では美術館になっているそうですが、このときは閉まっていました。
Wikipedia fr.


20080324_03_Toulouse2020080324_03_Toulouse21


この建物といい、この地方の古い建物は、レンガ色と白の細かい組合せの模様が特徴のようですね

・・・と思っていたら、やはりそうらしく、この赤レンガにちなんで、pinky city と呼ばれているそうです。この赤レンガは古くはローマ人によってもたらされ、その後、貧困のしるしのように思われ、しっくいに置きかえれていったそうです。なぜこの地域で赤レンガかというと、石が近くなく、粘土が豊富だったからのようです。それはたぶんガロンヌのためでしょうね。


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やっとガロンヌ川に出ました。

これは下流に向かっての風景ですので、このずっとずっとずっと先にはボルドーがあり、ドルドーニュ川と合流して、ジロンデ川になり、大西洋にまで注ぐわけですね。


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これはガロンヌにかかるPont Neufの袂にあるHotel Dieu。


これは(元?)ホスピス(l'hopital、hospice、hospital)だそうで、主にサンジャック・デ・コンポステーラ(サンティアーゴ・デ・コンポステーラ)への巡礼者を対象にしていたとのこと。


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ガロンヌ川の風景。
小さく見えるドームは、Chapelle Saint-Joseph。
グラーヴ病院の中にあるようです。

やはり、Hotel Dieuと同じく、ホスピスのひとつだったようです。


Wiki.fr.には次のような記述があります。
「12世紀以降、トゥールーズは多くのホスピスや「神の家」をもち、それらは貧困者や孤児、巡礼者に解放されていました。1505年、これらすべての施設は Hospital Saint-Jacques と呼ばれるようになり、後に Hotel-Dieuとなりました。Hospital La Grave は伝染病を扱うために、独立を保ちました。」


20080324_03_Toulouse28

これがPont Neuf。
1544~1632年の建築。

ちょうどガロンヌ川をずっと下ったところにあるボルドーのPont Pierreに似た感じの石橋です。



ガロンヌ川を離れ、駅のほうに向かいました。

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ジャコバン修道院(Les Jacobins)。

1275年~1292年に作られたそうです。
鐘楼は1298年建築。

聖Jacob、Saint-Jacque、Saintiago(Sainto-Jacob、サントヤコブ→サンティヤコブ→サンティヤーゴ)すべて一緒ですから、この修道院の名前もやはり、サンティヤーゴ・デ・コンポステーラ巡礼路の関係のようです。

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Le "palmier" des Jacobins (The "palm tree" of the Jacobins)
この「椰子の木」と呼ばれる天井は、珍しい例だそうです。



トゥールーズには、もう一つ重要な観光名所の教会がありますが、この日は行けなかったので、前に別の日に行ったときの写真を載せます。

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これはサン・セルナンバジリカ聖堂(Basilique St-Sernin)。

Wiki.fr.

現存するロマネスク教会としてはフランス最大だそうです。
11~12世紀の建築。

聖堂の前には曜日によってマルシェが開かれますが、道路はあまり広くないし、車の通行を妨害しているし、例によってゴミが多くてきれいではありません。



Les Jacobins から少し歩くと、キャピトル広場があります。

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市庁舎(Le Capitole)。
1760年完成。

別の晴れた日にとったのは…
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このキャピトルにも、(たぶん)削られた紋章がありました。


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キャピトルの裏あたりにありました。

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遅くなってきたので、地下鉄に乗って急いで駅へ…

キャピトルの近くにも地下鉄の駅はあるのですが、少し歩いたところにあるJ.Jaures駅から地下鉄に乗りました。

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飲み物ときの自販機の横に切符の自販機があるのが面白い。
ちなみに、この切符を買っているお兄さんは私の知らない人です。

この駅は二つの地下鉄が交差する駅なのですが、その間の乗り継ぎにも改札がありややこしい。


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地下鉄はトゥールーズ市内を縦横には走っているのですが、(少なくとも私の乗った線では)とても小さくて、まさにチューブの中をカプセルが飛んでいく感覚です。写真は後ろの席からチューブの中を撮ったもの。

これに乗って、Toulouse-Matabiau駅に戻り、SNCFでボルドーに戻りました。



最後に、トゥールーズの歴史と基礎情報をまとめておきます。

Touloseの名前は、古くケルト語の丘を意味する tol に由来し、古代ローマ時代、この地にローマ人が作った要塞を(オック語で)Tolosa と呼んだことから、時代を経て Touloseとなったと考えられています。またその要塞が都市の原型があると考えられています。

その後、415年に成立した西ゴート王国の拠点として、トゥールーズは栄えました。西ゴート王国は地中海方面を経て西ヨーロッパにたどり着いた西ゴート族が、ロワール川以南イベリア半島全域を支配したもので、トゥールーズはその拠点となっていたそうです。

西ゴート王国

そして、上述のように、ガロンヌ川沿いにあること、地中海に抜けるルートにあることから、中世にいたるまで、軍事的拠点や商業都市として栄え、現在にまで至っています。2007年の時点で、人口は市部で約44万人(フランス4位)、周辺の都市圏まで含めて112万人ぐらいだそうです。航空産業でも有名で、エアバスS.A.S社の本社と工場はこの都市にあります。近年人口は急激な増加傾向にあるようです。(参考:Wikipedia enなど)

ちなみに、tol=丘 が語源の地名には、スペインのtoredo(トレド)もあるようです。



次回、トゥールーズ大聖堂のレポートにつづく…


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