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「大阪」/「大坂」の「阪」/「坂」 

昔は、大阪は、大坂と書いていたのですよね。。。

いま、大坂と書くと間違いになってしまいます。。

いつ、なぜ、「坂」が「阪」になったのでしょう~。

阪神タイガースが、坂神タイガースになっていたかもしれないので、これは大問題です。。。



Wikipediaでは…

>漢字の表記は当初「大坂」が一般的であったが、大坂の「坂」の字を分解すると「土に返る」と読めてしまい縁起が悪いということから、江戸時代のころから「大阪」とも書くようになり、明治時代には大阪の字が定着する。一説に「坂」から「阪」への変更は、明治新政府が「坂」が「士が反する」、すなわち武士が叛くと読めることから「坂」の字を嫌ったとも、単に、役人の書き間違えの言い訳から定着したともいう。

>大坂から大阪へ
>明治維新後の1868年、新政府はもとの大坂三郷に大阪府を置いた。元来は大坂と書いていたが、「坂」という字は漢字の構成により「土に反る(死ぬ)」となり、縁起が悪かったために大阪へと字が改められ、そう書くのが正式となったのは、このころである。「阪」は「坂」の異体字のなかでも古字とされる字であり、阜部(読み:ぶぶ、意味:こざとへん)は小高い土山・丘陵を意味する。

と説明されています。

つまり、

「いつ」
 江戸時代から書くようになり、明治維新後の1868年、廃藩置県のころに正式にそうなり、定着した。

「なぜ」
 説1.「坂」を「土」「反」と解釈し、「土に返る」=「死ぬ」の意味に解釈し縁起がわるいから。
 説2.「士が反する」と解釈し、明治新政府が嫌ったから。
 説3.役人の書き間違えの言い訳から定着。


「阪」は、「坂」の古い字体のようです。


知泉Wikiには…

 最初、「小坂」(「オサカ」「オザカ」)が、後に「大坂」となり、「大坂」になったと書いてあります。

>この小坂は現在の大阪市内の中央部を南から北に向けて伸びている上町台地の頂上付近の事だったようです。
>この《小坂》に蓮如が石山本願寺を建立した際に、縁起を担いで大きくなるようにと地名も《大坂》へと替えられたらしいのです。(呼び名自体は変わらずオサカ、あるいはオザカ)

と書かれています。また、上記の「土に返る」の部分が、

>その時、大坂の「坂」と言う字には「土に還る=消滅」と言う意味があるので縁起が悪いと言われだたのです。

と説明されています。

「土に返る」=「死ぬ」と考えたのか、「土に還る」=「消滅」かは、どちらが信憑性があかわからないですね。。。

>そこで考えられたのが「盛ん」や「多い」と言う意味を持つ「阪」の文字で、これは江戸後半に提案され、文献の中ではこの文字を使う人も増え始めていたのです。

「阪」に、「盛ん」「多い」という意味があるいうのは、辞書には見当たりませんでした。



コメント

そんな由来があったんですね。
勉強になりました。

BlueBlueberryさん、こんにちは

今日、歴史の本を読んでいて、「大坂」と書いてあったので、そういえばなんでだっけ?と思ったのでした。。。

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