[時事] 責任の価値 

金メダル消え、ぼうぜん=星野監督「おれの責任」〔五輪・野球〕



んーまあ、高々野球のことだし、一生懸命やって負けたんだから仕方ないし、星野さんの責任を追及するつもりは全くないのだけど。。。


私はこの「責任」ていうことばに、常々引っかかるものを感じるのです。

というのも、よく会議で「私の責任で」「私が責任をとります」とかって発言する人がよくいるんだけど、大抵、明らかに責任の取りようなんてないことについて言うんですよね~。

星野さんは、「俺の責任」といったのは、他人の責任にするよりはずっといいんだけど、では、どうやって、責任を取るつもりなのか? どうせ終わった後で、負けちゃってるところで、監督を辞めるとか言っても意味ないし、今後は引き受けないって公言しても、大して意味もないし。

監督のとしての報酬を今後の五輪の選手育成にすべて寄付するとかなら、ある程度責任を取った意味もあるかもしれないけど、そうは言っても、もし十分に実力を出し切れてなかったとしたら、そのほうがお金のことよりも問題が大きいし。

星野さんが「俺の責任」といったことによって、何が変わるのかって考えると、結局打てなかった選手も、相手に打たれた投手も、実力がなかった情けなさは救われないし、何にもならないですよね。結局、単に格好つけているだけにしか見えないし、だから何なんだって尋ねたいです。


いったい「責任」の意味はなんなんだって、私はよく思う。



コメント

そうですね

私も思いました。どう責任取るのでしょうね~?特に何もないと思います。

rokogirlさん

あはは、さっすがー。
rokogirlさんも同じふうに思ったのです(笑)
知らぬ間に「拍手」が増えてるし、意外に同じふうに思った人多いのかもしれないですね(笑)

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