Bayonne(バイヨンヌ)のサント・マリー大聖堂 

バイヨンヌの、サント・マリー大聖堂(cathedrale Sainte-Marie de Bayonne)は、ユネスコの世界遺産「フランスにおけるサンジャック・デ・コンポステーラ巡礼路」の一部として登録されています。

今回は、前回に引き続きバイヨンヌのお話ですが、このサント・マリー大聖堂とそれに隣接する回廊についてご紹介します。

前回の日記にも載せたので重複しますが、美しいのでもう一度…

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これはバイヨンヌの駅から中心部に向かうとき、アドール川(Adore)に架かる橋(Pont St Esprit)をわたるときの風景で、左側の尖塔がサント・マリー大聖堂のものであることは前に書きました。


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繁華街の通りごしにみた尖塔です。

高さは85m。


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狭い路地を通り近づくと建物の陰に隠れて見えませんが、その隙間から突然現れます…

小さい丘の上に立っている形です。


サント・マリー=Sainte-Marieはもちろん、聖マリア、マリアさまです。
そのため、ノートルダム・ド・バイヨンヌ(Notredum de Bayonne)とも呼ばれています。

以前はバイヨンヌの司教座であり、現在はバイヨンヌ、レスカー(Lescar)、Oloron(オロロン)の司教たちの司教座だそうです。

この場所には、もともと原始的なロマネスク様式の大聖堂があったのが、1258年と1310年の火災で焼け落ちたのだそうです。現在のサント・マリー大聖堂は、13世紀から建設が始まり、記事によって、最終的には16世紀初頭か17世紀初頭までにそれは続いたとのこと。二つの尖塔は19世紀になるまで建築が続いていたとも書かれています。

この大聖堂は、1862年には歴史的記念物となり、1998年にユネスコの世界遺産として登録されました。


Bayonne Cathedral(Wikipedia en.)
Bayonne(Wikipedia fr.)
Cathedrale Sainte-Marie de Bayonne(Wikipedia fr.)


中に入らさせていただきました…

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これは尖塔の下にあるファサード(正面)の入口から入ったところから見たところです。

美しい。。。

この大聖堂の身廊は入口からきれいに伸びていて、トランセプト(transept、十字架のようになっている構造)も(たぶん)対称にあります。

入口の付近を排廊といい、手前から順に、身廊(nave、ネーヴ)、翼廊(transept、トランセプト)、内陣(choir、クワイア)、アプス(apse)と呼ばれます。身廊の両脇は側廊(aisle、アイル)、クワイアとアプスをぐるっと囲む形の廊下の部分は回廊と呼ばれます。(最後の回廊は建物内部にあるもので、中庭の回廊(cloister、cloitre)とはもちろん別のものです。)

この大聖堂の構造は典型的なものです。


参考: 大聖堂(Wikipedia)

語源をみると、ちょっと面白いです。

naveは、ラテン語のnavis(shipの意)から来ていますが、英語で、海軍のことをnavy、船を操ることをnavigateというのは、同じ語源です(ラテン語でnavyは船)。

choirは、聖歌隊、聖歌隊席の意味です。これはギリシャ語の「円舞」から来ているのだそうです。

apseは、ラテン語のapsis(archの意)から。


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この大聖堂のステンドグラスは、16世紀初頭のルネサンスにまでさかのぼるとのことですが、この写真のものはどのぐらい古いのかはわかりません。

The chapel Saint-Jerome is home to the most beautiful stained glass windows dating from 1531 and representing christ chasing the demon of the body of the daughter of the Canaanite.

とのこと。


ステンドグラスの中には、バイヨンヌの守護聖人(patron)、聖レオン(ST. LEON)の生涯を表したものもありました。

その絵の中には、首をはねられる絵、はねられた首を自分で持っている絵、そしてたぶん、その姿のまま聖人となったことを表すのかなと思われる絵がありました。10世紀、バイキングがバイヨンヌに侵攻した際に、殉教したのだそうで、よくその姿で描かれるそうです。

この大聖堂には、聖レオンの聖遺物が保管されているそうです。



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建物の横から外に出て、ぐるっと周ったところに、中庭の回廊(cloister、cloitre)の入口があります。案内が出ていたのでわかりやすかったです。

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ゴシック様式。その始まりは13世紀にさかのぼり、その後、墓として使われていたそうです。回廊の場所によって、建築された時期が違うようです。


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このように、大聖堂の南側に隣接しています。

尖塔のある部分が西側、クワイアやアプスのある部分が東側のようです。
これは最も典型的な教会の向きです。

The Orient(東洋)という英語がありますが、あれはラテン語のorient-、oriensから来ていて、それはrising sun、eastを意味します。キリスト教の聖地エルサレムのほうに向かって、教会を建てるわけですね。英語のorientには、「東向きにする。教会を祭壇が東になるように建てる」という意味があります。oriental、orientation、orienteering、すべて同じ語源ですね。


左にターンすると…

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このように見えます。向こう側に歩いていくことができます。



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美しい回廊ではありませんか。


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これは回廊にあった彫刻ですが、もうかなりつるつるになっています。たぶんかなり古いのではないでしょうか。


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回廊の柱の装飾です。



ぐるっとわまって再び元の位置にもどり、聖堂のほうを見てみました。


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さらにアップすると…

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ガーゴイルの彫刻があります。


日本のお寺にある阿吽(あうん)や、神社の狛犬など、人間の心理というのは、どこか似通っているような気がしますね。。。民家についている鬼瓦というのもそう。


ガーゴイル(仏gargouille、英gargoyle)は、屋根についている怪物のことですが、水の落とし口です。
数百年以上も長持ちさせたい建物なわけなので、水が建物の同じところに滴るようでは致命的なので、あんなふうに突き出して、地面に流れるようになっているのでしょうね。
また、水の落とし口でなくても、奇怪な形の彫像をガーゴイルと呼ぶこともあるようです。
ちなみに、ガーゴイルは怪物の名前っぽくてちょうどよいですが、語源は古期フランス語でthroat(喉)を意味する言葉だったようです。
フランス語のgargouillerは、(水が)ごぼごぼ音を立てる、(腹が)ぐうぐう音を立てるという意味。
英語のgargleは、フランス語gargrism(うがい)、gargariser(うがいする)が元で、「うがいをする」という意味です。
全て同じ語源と思われますが、元々はやはり「ごぼこぼ」「がらがら」という音から来ているのでしょうね。


再び、大聖堂の中に戻りました…


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オルガンとローズウィンドウ。


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これはアメリカの国旗みたいで面白いので撮っておいたものです。

もちろん、アメリカの国旗ではなくて、紋章です。


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これはトランセプト(transept)の付近の天井です。

教会の天井の梁(はり)というのでしょうか?それとも骨というのでしょうか?それらのつなぎ目のところには、紋章やマークがついているようです。


とても、カメラで取れる距離ではなかったので、説明のためにおいてある写真を記録のために撮っておきました。

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この二つの紋章の三匹のレオパードは、リチャード1世が制定したもの。

また、右側のものは、三匹のレオパードと三つのユリも組み合わさっています。
青地に三つのユリは、ヴァロワ朝のシャルル5世以降のもの。
イギリスの王家の親戚の誰かと、フランスの王家の親戚の誰かの婚姻があったことを意味します。
図柄が単純であることから、どちらも本筋に近い有力な人物のはず。

左側のものは14世紀、右側のものは15世紀だそうです。


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この写真の説明には、PENTALPHA 1404と書いてありました。

興味深いのは、右下にいわゆる「鉤十字」(ハーケンクロイツ)が書かれていること。
しかし、もちろんヒトラーのナチとは関係ありません。

元々、このような鉤十字やその逆向きの卍は、その起源はナチよりもはるかに古く、トロイの遺跡にも見られる印であり、インド・ヨーロッパ語族の宗教的シンボルであったと考えられています。

ヒンドゥー教や仏教では、古くから用いられていて、日本でお寺のマークで使われる卍も、同じ起源といわれています。サンスクリット語ではスヴァスティカ(シュリーヴァトゥサ)とよばれ、元々は、幸運の印と考えられていたものです。

ヒトラーがこの印を、アーリア人の象徴としてとらえ、ナチのシンボルに採用したために、今日では、非常にわるいイメージのものととらえられるようになってしまいました。

この大聖堂の天井にこのマークがある理由はわかりません。
(ナチと関係ないことだけはたしか。)


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この写真の説明には、ARMES DE Mgr LACROIX と書かれていました。

Mgrは、Monseigneur (閣下) の略だそうですが、「LACROIX閣下の盾」ということでしょうか?
よくわかりません。

MDCCCLXXは、ローマ数字で、1000+500+100×3+50+10×2 = 1870 という意味です。
写真の下にも、1870と書かれていました。たぶん1870年ということですね。


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これは、ARMES D'OSSAU (オッソーの盾)だそうです。

このオッソーはベアルヌ地方(BEARN)の地名で、チーズで有名なオッソー・イラティ(日記)のオッソーです。



最後に前回も載せたものですが、もういちど…

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とりあえず、以上で、サント・マリー大聖堂のお話はおわりですが。。。

Bayonneの話はまだまだ、つづく…





月の港ボルドー特集 小旅行・観光




コメント

いつも思うのです。
このような美しい建築物は一体誰が考えて作るのだろうと。
本当に、フランスの街並みは外観重視しているだけあって綺麗ですよね。

日本もこんな風に外観を気にしたら、
もっと統一した街並みになって、
綺麗だなぁと思うようになるだろうな。と思ったり。

もちろん、日本の美しい街並みもありますけれどね!

BlueBlueberryさん

昔の建物って、ほんとにきれいですよね~。
日本も古い町並みはきれいだったりするけど、木造なのでなかなか残ってなかったり、新しいものに建て替えられたり。。

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