Bayonne(バイヨンヌ)へ、フランス「ぶらりローカル線の旅」その5 

バイヨンヌはフランス南西部、スペイン国境すぐ近くの中都市で、フランスにおけるバスクの中心都市です。ボルドーからバイヨンヌは、ローカル線で大体2時間ぐらい。

大西洋にも近いですが、海に面してはいません。太いアドール川(Adore)に、細いニーヴ川(Nive)が合流するところにあり、この二つの川はバイヨンヌの地域を、大バイヨンヌ(GRAND BAYONNE)、小バイヨンヌ(PETIT BAYONNE)、サンテスプリ(SAINT ESPRIT)と呼ばれる三つの地域に分けています。


バイヨンヌの話は長くなるので、日記をいくつかに分けようと思います。

まず、その歴史を簡単にまとめておきましょう。

バイヨンヌの歴史は古くは紀元前3世紀、ローマ人の軍事拠点にさかのぼります。ローマが衰退すると、この地域はバスク人が支配します。現在の地名バイヨンヌは、バスク語の川を意味するものです。

840年、バイキングがバイヨンヌに到達し、それに対抗するための城塞が作られます。バイヨンヌはピレネーの脇をフランスからスペインに抜けるルート、すなわち、フランス側のアドール川と、スペイン側のエブロ川(Ebro)とを結ぶルートの途上に位置していて、奴隷売買の市場のあった地中海岸のTortosaへ到達するための重要な場所でした。

現代でもバイヨンヌの付近の道路は、EUの諸国から、スペイン、そしてアフリカに抜けようとするトラックで、いっぱいです。

1152年、アリエノール・ダキテーヌ(Wiki)が、イングランド王のヘンリー2世と再婚した(再婚時はアンジュー伯ノルマーディー公アンリ)ことによって、バイヨンヌはボルドーとともに、イングランドの支配下に入ります。アリエノールのルイ7世との初婚は1137年に、ボルドーのサンタンドレ大聖堂で行われていることは前に書きました(日記)。

イングランドの支配は、15世紀まで続きますが、最終的にはイングランドはフランスの領土から追い出され、バイヨンヌもフランスの支配下に戻ります。

バイヨンヌは武器生産も盛んであり、銃の先に装着する銃剣は、バイヨンヌの地名にちなんで、バヨネット(Bayonet)と呼ばれています。17世紀、バイヨンヌで起きた農民同士の争いから偶然に発明されたともいわれています。

16世紀後半、イベリア半島から移住してきたユダヤ人が、バイヨンヌにチョコレートをもたらしたといわれています。これ現在でもバイヨンヌの特産品として有名です。

他には、生ハムと塩が特産品です。


参考:
Wikipedia jp
Wikipedia en
Wikipedia fr



週末、朝ボルドーを経ち、10時半ごろに到着しました。

20080329_01_03_Bayonne02

バイヨンヌの駅です。

駅から市の中心部に向かいます。


20080329_01_03_Bayonne03

アドール川には大きな石橋がかかっています。これはその石橋の上から大バイヨンヌと呼ばれる市の中心部を眺めた風景。

左側の尖塔はサントマリー大聖堂(Cathedrale Sainte-Marie)のもの。
右側は市庁舎(Hotel de Ville)。

手前の川に突き出ている城塞は、アドール川とニーヴ川の合流するところに位置します。


20080329_01_03_Bayonne04

これは橋の上から、アドール川を下流に向かって眺めた風景です。この先は大西洋に注ぎます。


20080329_01_03_Bayonne05

同じく橋の上から、バイヨンヌの駅のあるサンテスプリと呼ばれる地域を眺めたところです。

山の上には城塞(Citadelle)があります。


アップすると…

20080329_01_03_Bayonne14

駅はこの右のほうです。


さらにアップ…

20080329_01_03_Bayonne17

この城塞の中には入れませんでした。



20080329_01_03_Bayonne06

橋を渡ったところ、二つの川の合流点のところにある銅像です。

名前忘れてしまいました。


さらに、もう一つニーヴ川にかかる小さい橋を渡って、町の中心部に着きます。

20080329_01_03_Bayonne07

これはニーヴ川の上の橋から合流地点とアドール川を眺めた風景。


20080329_01_03_Bayonne08

同じ橋のの上から反対に、ニーヴ川の上流方向を眺めた風景。
右側が大バイヨンヌ、左側が小バイヨンヌ。


20080329_01_03_Bayonne09

市庁舎の前にはデモをしている人々がいました。


20080329_01_03_Bayonne10

町の繁華街と大聖堂。


20080329_01_03_Bayonne15

渡ってきた石橋(Pont Saint-Esprit)。



20080329_01_03_Bayonne11

古い城(11c)
この中には入れませんでした。



20080329_01_03_Bayonne12

ニーヴ川の上流から下流に向かっての風景。
左側には観光客向けのオープンカフェが並んでいます。

オープンカフェというか、路上を占拠しているだけにも見えますが。
車もずらっと並んでいて、せっかくの風景がかなり台無しになっています。
バイヨンヌには古い城壁の下などに沢山の地下駐車場がありますが、それでもこの様子です。


20080329_01_03_Bayonne13

左側のオープンカフェはこんなふうです。
カフェというかレストランというか。

こんなに込んでいても、観光客の皆さんは、どうしてもこういうところで食べたいようです。



20080329_01_03_Bayonne16

これは2日後ですが、繁華街の道と、その向こうの大聖堂です。



つづく…




コメント

すごい人

こんなにオープンカフェに人がいるんですね驚きました。
車も駐車しすぎですよね。

でも川が大きくてフランスって感じですね。いい眺めですよ。

rokochanさん

お店が道路にまではみ出てて、車も止まってるものだから、通行人は一人通るのがやっという状況です。日本だった絶対に無理ですよね。お店の看板がちょっとはみ出ただけでも文句言われるし。文化の違いって面白いですね。

川は大きいのはいいのだけど、やっぱりちょっと濁ってますね。これはアドール川だけど、ロワール川もたぶん似たようなもので、名前の由来が納得できるでしょう~。流れが長いのでどうしてもそうですね。日本の川は水がきれいだなって、この前京都に行ったときに思いました。

コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

この記事のトラックバックURL
http://daydiamond.blog45.fc2.com/tb.php/1718-f28fa177