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ボルドーのサンタンドレ教会 

ボルドーは「月の港」としてその歴史地区が世界遺産登録されていますが、それ以前に市内のいくつかの教会が「フランスのサンジャック・デ・コンポステーラの巡礼路」の一部として世界遺産登録されています。その教会とは、

サンスーラン教会(Basilique Saint Seurin)日記
サンミシェル教会(Basilique Saint Michel)日記
サンタンドレ教会(Cathedral Saint Andre)

の三つです。

今回はサンタンドレ教会を紹介します。

この教会は、ボルドー大聖堂(Cathedral Bordeaux)とも呼ばれ、ボルドーとバザ(Bazas、Wikipedia)の大司教座とのこと。教会の歴史は1096年に始まりますが、当時のロマネスク様式の建築は現在では身廊の壁に残るのみです。現存する建築の大部分は、14-15世紀のもの、Porte Royal (Royal Gate)と呼ばれる入り口部分が1250年のものだそうです。

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これはガンベッタ広場という広場の側から寄って行ったところです。

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こんなふうにトラムが走っています。

これはトラムB線で、このトラムの行き先はグランド・シアター、そしてカンコンス広場。

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教会の前の広場からの写真。



20080403_04_StAndre01

タンパンの写真を追加しました。

タンパンとは、フランス語でtympan、英語でtympanumで、ドアの上のまぐさとアーチの間のスペースやその彫刻のことです。ギリシャ語からラテン語に入ってきたtumpanum(drum、太鼓)から来ています。tympanumとかtympanには鼓膜という意味もあります。楽器のティンパニと同じ語源です。


20080403_04_StAndre02

この写真も追加です。


この位置から横のほうを向くと、独立してもう一つ高い塔が建っています。

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Tour Pey-Berland という塔で、Pey-Berlandという大司教(archbishop)により、1440~1500年にかけて建てられたものです。

この教会の前の広場は、がらんとしていて、この左側にトラムBの停留所があったりします。
こちらから見て教会の反対側にはトラムA線の停留所があり、乗り換える乗客の人たちがいつも沢山います。


教会の中に入ってみました。

20080311_06_EgliseStAndre0820080311_06_EgliseStAndre07

内部は静かでひんやりしています。


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このオルガンは大変美しいものですが、古いものは軍隊に接収されてしまい、これは比較的新しいもののようです。

身廊部分(nave)の元は、12世紀、アンジュー様式(style angevin)とのことですが、具体的にどういうことかはわかりません。その後13世紀に増築されたそうです。

回廊部分(ambulatory)は1280年に建築が始まり、1330年に身廊につなげられました。


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反対側の天井は非常に高くなっています。


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ステンドグラス。
美しいものですが、おそらくそんなには古くなさそうです。


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これは教会の前の広いスペースとトラムの線路をはさんで向こう側にある小さめの広場。

この広場の右側のコーナー付近にはショッピングセンターのような建物の入り口があります。

トラムの線路が見えますが、左のほうにずっと行くと、先ほどのガンベッタ広場の方向に行きます。その先は右に回りこんで、グランドシアター方面に行きます。

教会の前のスペースはこの左右に広く広がっています。


左側をみると…

20080311_06_EgliseStAndre16

こんなふうな広いスペースになっていて、正面は市庁舎のようです。

右側には大きいオープンカフェがあります。

教会は左側。


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これはトラムB線の駅の側から見たところ。

沢山のチャペルが集積しているのがわかります。

黒くなっているのは汚れをまだ落としていないから。
ほどなく、正面の塔のような色になると思われます。


この教会の最も有名な出来事は、1137年に当時15才だったアキテーヌの女公アリエノール(Alienor)と数ヵ月後に国王となるルイ7世(LouisVII)の結婚式があったことだそうです。

アキテーヌのアリエノール in Wikipedia jp.


参考: Wikipedia en
Wikipedia fr.



朝のサンタンドレ大聖堂

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そして、晴れの日のサンタンドレ大聖堂

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コメント

素晴らしいですよね

宗教的な建造物は信者さんのお布施から出来ていると
コメントされていた方が
いらっしいましたね
考えさせられるコメントでした

確かにそういう側面もありますが
現在では作れない芸術的な建築物や芸術品が、
権力や宗教によって生み出されてきたのも皮肉なものです
でも現存していてくれて良かった
いつまでもあり続けていてほしいと願います

ローマの建築物や日本のお城も、
もっと残っていてくれたら良かったのになぁ

桜さん

よくわからんですが、お布施で建てられたことが悪いことと前提しておられますか?

んまあ、たしかに、当然誰かのお金と労働奉仕で建てられていて、お金は大体王侯貴族からですが、元は領民からの税金ですよね。

しかし教会は全ての人に無料で開放されてたわけで、彼らの殆どはキリスト教徒で、大聖堂の建築は望まれていたことでしょうから、現代社会で税金で道路や空港を作るのと似たようなものですね。あとは、現代で高価な道路/聖堂を作りすぎたかどうかとか、特殊法人/教会が腐敗してるかどうかとかいう問題はあるでしょうけど。

お布施の集め方も現代で新興宗教が悪徳商法やマインドコントロールでお金集めるのとはだいぶ違っていたはず。

それよりベルサイユ宮殿みたいなののほうがそういう意味では庶民の犠牲の上に出来てる感じですね。王侯貴族の贅沢趣味の塊です。しかしそれにしても、何百年後に素晴らしい観光資源となり、彼らの子孫のその国の国民が潤うわけですから、結果的には庶民の犠牲ともいえないのは面白いななんて思っていました。

日本のは木造建築だから燃えやすく壊れやすく残念です(>_<)

この近くに住んでいました。

毎日この教会の鐘で時刻を知りました。なつかしいです。なかなか全形は撮れませんね。このトラムのバックがきれいですね。

オニオンさん

この近くだったのですね。。
このへんが、治安も良さそうだし、一番便利なところではないですか?
住むのだったら(その予定はないが(笑))この広場に面したアパートがいいかなとか、家賃も考えずに勝手に想像したりしていました。トラム2線の交差点ですし、気分によって歩いてグランド・シアターまで行けますし。

全景は取れるアングルはあったかもしれないけど、いつでも来れると思っていたせいか、あまり努力しなかった。。もっと丁寧に見ればよかった(>_<)

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