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「教示」と「教授」 - 「ご教授ありがとうございました」は大抵おかしい 

最近よく見かける、ネットの掲示板や質問箱で、

 「ご教授ありがとうございました。」

というフレーズ。

これは少しおかしいのです。それを言うなら、正しくは、

 「ご教示ありがとうございました。」

です。

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「おもたせ」とは 

このカテゴリでは、世の中に広まっている間違いを修正しようとしています(笑)


最近、某グルメサイトを見ていたら、投稿数1000以上というレビュアーなのに、「おもたせ」の意味を間違っておられるのがありました。それで軽く検索してみたら、ブログなどでもかなりの割合で同様の間違いが…。「おもたせ」=「お土産」の意味で使っているものがかなりありました。


正しい意味は…

 おもたせ【お持たせ】
  相手がもって来たみやげ物の敬語。
  「―で失礼ですがおあがり下さい」
  ▽当の相手に、その品をすすめる時に使う。
 [岩波国語辞典]

です。


「おもたせ(お持たせ)」は、読んで字のごとく、「持たせる」ですから、「AさんがBさんに持たせる」、すなわち主語をAさんとしたとき、Aさんが貰う側、Bさんが持ってくる側となります。

つまり、貰う人が持ってきた人に対して使う言葉が「おもたせ」です。

買っていく側が「この品物は『おもたせ』に良い」とか、「お持たせに買ってきました」というのは明らかにおかしいわけです。

言葉は時代と共に変化するとはいえ、これはあまりにもはっきりした誤用と思います。


そういう意味では、「おもたせで頂いた」という使用法も、ちょっとおかしい。主語は正しくなるけど、その言葉を聞いている相手が持ってきた人ではないから、違和感があります。見えないところで尊敬という解釈なら無くも無いわけですが、「頂く」自体が敬語ですから、重複して過度になっている感じが若干します。

そもそも、「お土産」という分かり易い言葉があるのに、わざわざ使用頻度の少ない言葉を使う必要はないですよね。。。「お土産」で十分なところでわざわざ「おもたせ」を使うのは大抵誤用であり、こじゃれすぎてるといえるでしょう。

実際には、相手を尊敬する気持ちを込めるのに必要な言葉として、「おもたせ」があるわけで、持ってきた人に「お持たせで失礼ですが」というところを、「お土産で失礼ですが」「頂き物で失礼ですが」というと、何か土産物自体や頂き物自体が低いものというニュアンスになりかねません。「持たせてすみません」という、その行為が失礼だったかもしれないという、細やかな感情ですから、この場合は「お土産」「頂き物」ではなく、「おもたせ」が適切な言葉となります。


「科学的根拠がない」と「科学的に否定されている」の違い 

このカテゴリーでは、世の中に広まっている誤解を正そうとしています。


よくテレビ番組などで、ある事柄について、「科学的根拠が無い」ということを根拠に否定する話が出てきますが、「根拠が無い」ということは、「根拠が見つかっていない」というだけで、積極的に否定する理由にはなりません。

もしそれが、「科学的に否定されている」であれば、「否定する根拠が見つかっている」ということですから、これは積極的に否定する理由になりえます。

この二つは、意外に混同されていることが多いようです。


科学というものは、常に未発達なもので、本来的に発展途上にあるものです。新しい事実を発見していくものが科学であるなら、未発見の事実については、つねに「根拠」がありません。科学者が「科学的根拠が無い」というときには、「確信できる証拠がない」ということを意味しています。

そして、世の中のすべての事象を把握している人は、いくら科学者でもいないので、正しくは、「確信できる証拠を知らない」というのが正しいはずです。

テレビに出演して、明確に、

 「科学的根拠が無い」

と断言する科学者は、あまり優秀な科学者とはいえません。

 「私の知る限りでは、科学的根拠が無い」
 「私は根拠を知らない」
 「一般には科学的根拠が無いと言われている」

と言うほうが言動として正確であり、そういう発言の仕方こそ本物の科学者のものといえます。


さらに付け加えると、科学といえども、新しい発見が成し遂げられるまでの最初の段階では、すべてが理詰めで考えられているわけではありません。科学が人間の営みである以上、最初の段階では、明確な理屈がなくとも、感覚的に「ありそう」とか「なさそう」とかいう考えや、ひどい場合は全くの誤解などが、混沌と存在しています。その中から次第に、観測事実や数学的考察を裏付けにしつつ、明確な形で、法則や理論が出来上がっていきます。

従って、厳密に科学的に根拠が無いものをすべて否定していては、科学の発展は有り得ないといえます。


ロスは和製英語 

三浦元社長の帽子の文字、薬物の俗語に「別れ」の意味も
三浦和義元社長がロスで自殺
三浦和義元社長が自殺 移送先のロサンゼルスで
三浦元社長、拘置施設で自殺…移送先のロスで


んまー、事件自体については今さら何も書くことないのですが・・・。

最近とくに目に付くのは、ロサンゼルスを「ロス」と略すこと。

なんじゃそりゃです。

ロサンゼルスを略すならLAでしょう。

テレビのニュースでも新聞記事でも、非常に頻繁に、「ロス」、「ロス市警」と連発しています。

例えば、↑の朝日新聞の記事でも、
>三浦元社長は10日、ロスへ移送された。

読売新聞の記事でも、
>ロスに移送されていた。

と書かれています。一つの記事、ニュースの中で繰り返し出てきます。


友達同士の会話で使うならともかく、ニュースで連発はいかがなものか。
ものすごく違和感があります。

せめてニュースぐらいは正確な言葉を使ってほしいものです。
新聞記者として恥ずかしくないのかな・・・。


ロス=Losは、スペイン語の男性名詞に付く定冠詞です。

 los angeles (ロスアンヘルス) = the angels = 天使たち

ということで、「天使の女王である聖母マリアの村」がロサンゼルスの原義です。


地名を省略するのに、冠詞だけとるってどんな文化レベルなんだか。
最初に原爆製造した原子力研究所で有名な、Los Alamos (ロスアラモス)も、「ロス」なのか?
Las Vegas (ラスベガス)を、「ラス」と略すのか?
La Plata (ラプラタ)を、「ラ」と略すのか?
El Salvador (エルサルバドル)を、「エル」と略すのか?

それなら、東京を、「と」と略すほうがまだマシなぐらいです。
「と」って、「と金」じゃないんだから・・・(^^;)

ということで、ロサンゼルスをロスと略すのは、少なくともニュースや報道機関ではやめてほしい。


ちなみに、帽子の文字ですが、逮捕される前に買ったということだし、考えすぎでしょう。


「既得権益」の意味 

よく「既得権益は悪いものだからすべて無くさないといけない」という論調がありますが、言葉の使い方が間違っています。

既得権益とは、単に「すでに得た権益」ということですから、例外なくすべての人間や、すべての団体が持っているし、それを認めないのは個人や法人の権利そのものの存在を認めないことと同値です。

簡単にいうと、すべての権益は、誰かの「既得権益」です。


参照:Wikipedia「既得権益」

例えば、個人の土地所有も、特定の土地を所有するという権利に基づいていますが、「既得権益」を悪とするなら、いったんすべての個人の土地の所有権をリセットして、すべて国有地にするか、ゼロから所有権を割り振りなおすという暴論になってしまいます。仮にそうしても、また別の権益が生じるわけですから、再び「既得権益」が発生することになります。

善悪は「既得」かどうかではなくて、その権益自体に合理性があるかどうかによります。



マナー違反の概念について - 洋食での「ライス」の食べ方 

このカテゴリでは、世の中に広まっている間違った常識を修正しようとしています。

皆さんは、洋食でライスが出たときにはどのように食べているでしょうか。

私は食べやすいので、右手に持ち替えてフォークをスプーンのようにしてパクパク食べてしまいます。でも、持ちかえる回数が頻繁になりそうなときには、左手に持ったフォークの背中に乗せて食べることもあります。

それはそれで良いのですが、「正式なマナーは、どうすんのか?」という議論がよくあります。

今回の結論は、フォークの腹だろうが、背だろうが、どちらの食べ方にしても、それを「マナー違反と決め付ける話は、間違っている!」ということです。

どうも調べてみると、最近では、フォークの背に乗せるのを「愚かである」「間違いである」と断言している「マナー本」「マナーを解説するホームページ」をよく見かけます。しかも、非常に沢山売れている「マナー本」や、沢山アクセスのあるホームページにも堂々と断言されている。

その主な根拠は、「日本で始められたマナーだから」ということなのですが、まずそれはそのマナーを無作法と決め付ける根拠にはならないことに注意しましょう。

そもそもライスだけがお皿にポンと乗って出されるのは、日本の食文化と融合して始まったことなのですから、「日本で始められたマナーである」ことは当然のことであり、外国の正式なマナーを日本人が誤解した結果であるというケースではありません。そういう意味では、スプーンのようにしてすくって食べるのだって、日本発のマナーです。

従って、フォークの背に乗せる食べ方を「間違い」「無作法」とする根拠はありません。そう断言している人がたまたま外国人がそうでない食べ方をしているのを見たとか、そんな弱い根拠で、物事を断言しているようです。外国人だっていろんな食べ方をするし、無作法な人もそうでない人もいます。外国人のすることはなんでも正しいという固定観念を持つ人が多いのは嘆かわしいことです。

第二に、主食としてのライスという概念がそもそもない世界なのですから、ライスは「野菜」「付け合せ」と解釈されるわけで、それらのものをとがったほうを下にして、背に乗せて食べる食べ方は、当然無作法とはいえません。もちろんとがったほうを上にして食べるのも無作法とはいえない。

付け合せのマッシュポテトや、レンズマメ、クスクスなど、いくらでもライスに似たようなものはあります。フォークの背に乗せて自然に食べることの出来る人に対して、なぜ「無作法」だと言い切れるのでしょうか。つまり基本は尖ったほうが下なのですから、それで不自由なく食べられる人のマナーを否定することはできないはず。

第三に、食べるカッコウが不恰好になるからということを言う人がいます。なぜそう決め付けるのかが、そもそも疑問ですが、それなら不恰好にならないように自然に食べることの出来る人については、無作法になりませんね。

フォークの背に乗せるのを無作法と決め付ける人に聞きたいのだけど、それでは付け合せにライスが出たときにはどうなのか?次にそれがライスでなくてレンズマメだったらどうなのか?マッシュポテトならどうなのか?いったいどこで線を引くのでしょう。その線引きの根拠は何でしょうか。「全国マナー協会」みたいな団体が基準でも決めているのでしょうか。あるいは全欧州の上流階級にアンケートでもとって、圧倒的多数が、そう言っているとかあるのでしょうか。

大した根拠もなく、どちらかの食べ方を「無作法」と決め付けるのは、全くもって間違っています。そういう決め付けをするということ自体、「マナー」というものの本質を見誤っている人だと思うので、そういう人の書いた本やホームページは、話半分ぐらいに聞いたほうがよいでしょう。

数十年前は、確かに背に乗せるのが正式とされて、その逆を無作法という人もいました。私はそれも間違っていると思うけど、最近のその真逆のことを無作法と断言する風潮も、本質は昔と同じ間違いをおかしていると思います。





よくある間違い - 「疑わしきは罰せず」 

とくに、役人・大学などの独立法人の職員(元役人)や、生半可な知識だけあるお馬鹿な大学教員や世間知らずの学者に多い間違い。


刑事裁判の原則

「疑わしきは罰せず」
「疑わしきは被告人の利益に」

を、刑事裁判以外でも成り立つ世の中の原理原則だと信じている人がいる。


刑事罰は国家権力によって絶対的な執行力でもって与える罰で、身柄の拘束や果ては死刑という、極めて重大な結果を及ぼすものだから、万が一にも無実の人の人権の侵害となることがないように、この原理が認められている。


一方、民事的なことは、双方の言い分が100%証明されなくても、第三者が見て妥当と判断される線で手が打たれる。


お役人や大学の教職員に共通して成り立つのは、最終的には自分にしっぺ返しが来ることを恐れているために、都合よくこの原理を拡大解釈することが多い。いわゆる

「事なかれ主義」

というもの。






よくある間違い - 濃口醤油と関東風味付け 

このカテゴリでは、巷でよく見かける間違いをシテキし、タダシイ知識を広めようとしています(笑)


今回の話題は、多分納得しない人が多いかもしれません。

というのも、ものすごい先入観がはびこっているからです。


お醤油には濃口(こいくち)と淡口(うすくち)があるのはよく知られています。

色から考えて、絶対に濃口の方が塩分濃度が高いと思っている人がかなりいます。

しかし実際には、濃口醤油で約16%、淡口醤油で約18%で、実は淡口醤油のほうが塩分濃度は濃いのです。

参考
キッコーマン

よく考えてみれば塩水は無色透明です。醤油の色は塩分以外の成分に由来するので、色が薄いことは、塩分が薄いことを意味しません。

もちろん濃口醤油を水で薄めれば、色も塩分も薄くなるわけですが、そんなものが淡口醤油として店頭に並ぶわけはありません。

それでは淡口醤油は何のためにあるのかというと、煮物などの色を美しく出すためにあります。

塩分を控えたいときには、淡口醤油ではなく「減塩醤油」を選ばないと意味がないわけです。

これは高血圧などで、塩分濃度を気にする人にはもはや常識でしょうね。



このことと深く関係あるのですが、ときどき関西出身の人の中に、関東のうどんやおでんの汁について、「あんなに濃いものは食べれない」と言う人がいます。テレビなどでもそう言っている人がいます。

しかしあれは、関東では煮物や、うどん・そばの汁に濃口醤油を使うため、色がとても濃く出てしまうためで、見た目塩辛そうに見えるかもしれませんが、実際に塩味が濃いわけではありません。

ちょっと考えれば分かることですが、仮に色に比例した塩分だったら、関東風のものは出身地とは無関係に人間の食べれる限度を越えますね?

本当に料理の塩分の濃度を地域ごとに調べた統計調査を私は知らないのですが、少なくとも「あの色」は、塩辛さの度合いを表していないことだけは間違いない。これが今回の「みんな間違ってるよー!」です。


ちなみに、例えば県別の塩の1世帯(2人以上)当たり消費量で見ると、全国平均を100として、

北海道 139
東北 159
関東 94
北陸 105
東海 84
近畿 97
中国 107
四国 76
九州 86

となります(塩事業センター調べ)。つまり北海道東北がダントツで多く、四国が少ない以外は、あまりかわらない。また関東と近畿では殆ど同じということがわかります。

私の外食の経験では、京都は塩味が幾分薄い傾向にある以外は、全国そんなに変わりはないと思います。基本的に外食では塩分が濃いです。

また家庭料理よりも外食のほうが塩味が濃いので、地方出身で東京に住んでいる人の場合、地元では自分の家の薄味のものばかり食べていたのが、東京で外食して濃い味のものを食べて、『東京は味が濃い』と思う人も、おそらく少なからずいることでしょう。





よくある間違い - お寿司屋さんでの言葉 

このカテゴリでは僭越ながら町でみかけるよくある間違いをシテキしてタダシイ日本語を世に広めようとしています(笑)


久しぶりのこのカテゴリです。



今日のネタはお寿司屋さんでの言葉です。

お寿司屋さんでは、多くの人たちがなぜか、

 「お茶」 をいうときに「あがり」
 「お勘定」をいうときに「おあいそ」

と言うのよく聞きます。普段は「お茶」「お勘定」と言っているのに…。

しかし、あれはおかしいのですよね。

「あがり」「おあいそ」はお店の人たちの使う業務連絡用の言葉なのです。

お客さんがわざわざ普段と違う言葉を使う必要はありません。

本当は安心して「お茶」「お勘定」と言って良いのです。

むしろ無理にお店の人の使う言葉をお客が使うのは、知っている人から見ると「通ぶってる」みたいな雰囲気さえしてしまいます。ご注意を…。


とくに「おあいそ」は「お愛想」であり、お店の側が「お勘定なんて愛想尽かしなことですみません」というのが語源らしく、お客が使うのは語源的にも合わないのです。


この知識は、現在絶滅の危機に瀕しています。

なんとあのNHKの、日本語を解説するまともな番組で、ガクシャらしき人が堂々と「あがり」「おあいそ」と言うと解説していたのです。

なんとなげかわしい…。



本日のシテキ終了!






よくある間違い - 「シェフ」「料理長」 

今日のネタは大したことですないんですが…。

「シェフ」というのはもともとフランス語のchef(=頭(かしら)=chief(英))がもとなので、

本来、コック長、料理長の意味であり、

単に料理人をいうなら、cook=コック、でよいのです。


これもやっぱりテレビ番組で間違って使っていました。

「(あるお店の)シェフが全員集合して…」と。。

お店にシェフは一人です。。。(^^;)


ただ誤用がもとで、最近では英語でも chef を単に料理人の意味で言うこともあるようですね。





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